2014年10月18日土曜日

茶とティー キタイとチャイナ

お茶は中国が原産地で西側に伝わった。英語で陶磁器のことをチャイナともいうのはたくさんの茶碗が中国から輸入されたからだ。中国のお茶をロシアの「チャイ」のように「cha」で始まる音で発音するか、英語の「ティー」や仏語の「テ」のように「te」で始まる発音するかは、お茶がユーラシア大陸の東から西へと伝わる過程で陸路だったか、海路だったかで違うらしい。

中国の呼び名についても同様だ。中国最初の統一国家である秦の名は、かなり古い時点で海伝い、南回りで西へと伝わったそうだ。この結果「ch」もしくは「sh」音で始まる中国の名がインド系の「チーナ」、英語の「チャイナ」、仏語などの「シーナ」として広まった。。

一方で、10世紀の頃に北京の北方の草原にいたキタイ(契丹)と呼ばれる遊牧民が、次第に勢力を増して西へ西へとオアシス国家を展開していった。これがやがてモンゴルによる世界帝国の形成につながる。このキタイの名残りで「k」音で始まる中国の名が内陸ルートを通じて広くユーラシア全域に伝わったそうだ。露語では「キタイ」、英語でも「キャセイ」という呼び方がある。

近世の西ヨーロッパで中国と交流を持った人の多くはは船に乗って中国を海沿いに訪れた国の人々だ。この人たちは中国を「ch」ないし「sh」のつく名前で呼んだ。マルコ・ポーロなどシルクロードを通って交易した少数の人たちを除くと、内陸の中国のことを知る機会は限られていた。そのけっか西側の歴史では内陸の中央ユーラシアは何もない未開の土地だったことになる。

杉山正明という京都大学の先生は西側から見て未開の土地だった中央ユーラシアの遊牧民の世界がとても活き活きした面白い世界であったことを紹介している。「陸と海の巨大帝国 大モンゴルの世界」はとても面白い本だ。





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