ロンドンの西にあるリッチモンド公園は、わたしが住んでいるチズイックから近い。この公園の中にイザベラ・プランテーションというつつじと石楠花の名所がある。小川も池もあり、わらびも水芭蕉も生えている。素晴らしい景観が楽しめる。リッチモンド公園が野生の鹿が住む広大な公園として知られているが、その中につつじが咲き乱れる隠れ場所があることは旅行ガイドにも載っていない。わたしも最近になって友人から教えてもらった。この話をロンドンの新潟県人会の集まりでしたら、在英20年以上の人たちも知らないのでびっくりした。5月の第1月曜日は英国のバンク・ホリディで祝日だ。雲間から太陽が出てきたので、午後になってつつじを観に行った。公園のゲートを通過して最初のロータリーを右折した途端に車が数珠つなぎだった。公園の入口からイザベラ・プランテーションまでのろのろ運転で一時間ほどかかったが、それでも見たいほどのつつじの花だ。
この公園には色とりどりのつつじが咲いているが、中でも真っ赤なつつじの花を観て連想するものがあった。長野県上田市に伝わる「つつじの乙女」という民話だ。この話をもとにして松谷みよ子さんが1974年に「つつじのむすめ」という絵本を出版している。原爆の絵で知られる丸木俊さんが絵を描いた。乙女の真摯な恋心ということで絵本になったのだろうが、民話を読んでみると凄い話だ。いくつもの山を隔てて住んでいる若者と娘が出会い、恋をする。若者に会いたい気持ちを抑えられない娘が夜になるといくつもの山々を越えてやってくる。娘のお土産は温かいつきたての餅だった。ある時不審に思った若者が、その餅について問い質すと、娘は手に握ったもち米が体の熱で餅になっただけだと答える。それは恋の力だけだろうか?それとも娘は何かの化身なのか?気味悪くなった若者は、とうとう娘を谷底に突き落とす。それからこの谷には真っ赤なつつじが咲くようになったという伝説だ。
いくつもの山々を越えて夜ごとに訪れる娘の異常な力、つきたての柔らかい餅、真っ赤なつつじ。この3つから連想されるのが清純な恋どころではなく、熱烈な関係であることは明らかだろう。やがて怖れをなし、娘が疎ましくなる男心というのもありそうな話だ。長野県では上田市以外にも似たような民話が存在しているそうだ。共同体としてのムラ社会でこのような民話が語り継がれる理由は明らかな気がする。若者にとっては恋の火遊びがトラブルに発展することの戒めであり、娘たちにとっては男というものが移り気で無責任で、逃げ出すのが得意な弱虫であることの戒めだ。「だから一時の熱情に惑わされず、親の決めた伝統的な結びつきが良い」という説話なのかしらと思う。
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