2015年2月21日土曜日

最近読んだ人種差別に関しての3つの報道について

ロンドンの混み合った地下鉄の中で言い争いが起きた。興奮した白人の女性が黒人男性に「あなたの態度に問題があるのは、昔あなたたちが奴隷だったからよ」と叫んだ。同じ車両に居合わせた通行人が一部始終をビデオに撮ってネットに流した。警察が捜査に乗り出したことが新聞各紙で報道されている。同じ週にひいきのサッカーチームの試合をフランスまで応援に行った英国人ファンたちが、パリの地下鉄で同じ車両に黒人男性が乗車しようとしたことを妨害し「俺たちは差別主義だ。それが俺たちのやり方だ。」との暴言を吐いているところが、やはりビデオに撮影され各紙で報道された。

たて続けの人種差別報道で、「英国は困ったものだ。社会に対する不満のはけ口を探している人たちの数が増えているのだろうか」と思っていたら、日本でも著名な作家がアパルトヘイト擁護と取られかねないコラムを書いたことが各紙で報道された。将来日本にも移民が増えるだろうことを論じた短いコラムを読んでみると、その後半部分に「嗜好や習慣の似た者同士が自発的に住み分ける例がいくつもある」ことと、「そういう違いのある者たちは分離して住まわせた方が良い」という2点が明確に区別されずに書かれている。

この短いコラムを読んだ人たちからは「グローバル・スタンダードではアウト」「島国根性で情けない」「国際世論が黙っていない」などの抗議の声が寄せられる一方で、「誰でも思ってる本音を言っただけじゃないか」と擁護する声もあるらしい。外国かぶれの発言をするつもりはないが、異国で少数者として暮らしてきたので差別や偏見に関する発言には敏感になる。個人的な実感としては今回の発言は明らかにアウトだ。

趣味が違うとか行儀が悪いとかについて「個人的な意見を言うのは自由だ」というのなら、それなりの言い方をする必要がある。少なくとも特定の国やグループを名指しするのはフェアではない。自分の国にだって無神経な人たちや行儀の悪い人たちはいる。

海外経験も豊富な作家が、何故誤解を招くような発言をするのだろうか?と考えていたら、政治学者京極純一の日本人論をまとめた「日本の政治」という本を思い出した。この本の中に、拝外と排外、我慢と爆発、タテマエとホンネなど一見相反するように見えるものは、実はひとつのラインの延長線上にあるものの現われかたにすぎないという指摘がある。「行儀の悪い人たちとは一緒に住みたくない」というのはホンネとしてはあるだろう。しかしそれをそのまま移民政策論の一部としてタテマエの話をするのは誤りだ特定のエスニック・グループを一般化することで、批判される筋合いのない人たちを傷つけることになるからだ。

現在でも、外国に居住する邦人で差別されて嫌な気持ちになった経験をしたことのある人は多い。突然、「日本人は。。。」と自分の身に覚えのない悪口を言われるのは嫌なものだ。自分がされて嫌な気持ちになることを、他の国やグループの人たちにするべきではない。

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