ロンドンはこのひと月ほどでとても日が長くなった。4月の末に夏時間で一時間早くなったのに加えて、日没も午後8時少し前から、9時前へと遅くなっているので一日をとても長く感じる。陽が落ちてからも、雲がなければ夕陽が天空に反射して9時半を過ぎても明るい。英文学者の吉田健一氏が書いた「英国に就て」という英国の文化と自然について書かれた本がある。とても面白い。この本の中の「英国のビイル」というエッセイは、「日本では夏はビイル、冬は日本酒という人が多いが、英国では冬でも夏でもビイルを飲む。」という文章で始まる。吉田氏はその理由として英国は夏でも夕方になれば涼しいことを挙げて、「この秋の昼に似たロンドンの夏の晩に飲んでいる気持が今でも忘れられない。」と回想している。英国の夏の夕べはとてもすごしやすい。
この「英国のビイル」というエッセイの中に、小説家の堀辰雄が「狐の手袋」という随筆集を出していたと書かれている。青空文庫で調べてみると、随筆集の序文を見つけた。手袋には古い漢字が使われている。 「いま、ここにすこし隨筆めいたものを集めたついでに、ひとつその眞似をしてやらうと思つて、こんな題をつけて見た。因みに『狐の手套』と云ふのは、あの夏の日ざかりに紫いろの花を咲かせるヂギタリスの花の異名ださうだ。」 (堀辰雄「狐の手套」青空文庫より)。
この花は名前も面白いが、何度見ても飽きない不思議な色と形をしている。「ジギタリス」が植物図鑑に載っている名前だ。ラテン語で指の意味があるそうだ。そこから英語では一般にfox gloveと呼ばれるようになり、これが日本語に直訳されている。美しい花なので観賞用だが、強心剤としても効果があるので薬用にも栽培されているそうだ。この花の全体に猛毒があるので、取扱いが危ないようだが、英国の庭でも公園でもよく見かける花だ。
この花が気に入ったので、わたしのブログのカバー写真にも使っている。近所の教会と狐の手袋が対峙している写真である。これまでのところもっとも見事な群生地はウィンブルドンの全英オープンテニスの会場だった。狐の手袋は野原に咲いているものは紫色が多いが、庭に咲いている園芸種では白やピンクもある。今年は5月の末にホランド・パークで初めて見つけた。近所のチズイックハウス庭園を犬を連れて散歩するときに注意して探してみたら、草木の茂みの中にも咲いていた。夏の花の印象が強い。
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