2016年10月31日月曜日

野村萬斎氏とロンドン

昨晩のBSで2時間番組を観た。狂言師の家に生まれ3歳の時から稽古の生活を続けてきた萬斎氏が英国に留学して、シェークスピア劇と出会って以降のエピソードが満載のすごい番組だった。22年前と聞いて複雑な気持ちになったのはそんな昔のことだったかなと思ったからだ。実は萬斎氏が英国留学していた時期にこの人に数回お会いしている。ロンドンの日本人社会が面白いのは、様々な集まりの規模が限られているので東京ではなかなかお会いできない人々に出会う機会があることだ。最初に見かけた時は長髪が印象的だったが、少し近寄りがたい感じもする若い人だったように記憶している。それからしばらく経って邦人向け現地紙英国ニュースダイジェストの紹介記事でこの青年が将来を嘱望された若手狂言師であることを知った。

やがて大使館主催やら、日本人会主催で狂言紹介のイベントがありこの青年はロンドンの邦人社会でも引っ張りだこの人気者となる。当時の大使館にご近所でもあり仲良くしていただいたM先輩ご夫婦がいらっしゃった。あるイベントで萬斎氏とMさんご夫婦に混ぜていただいて話が弾んだことも懐かしい。もう一つは某社の事務所で狂言紹介の会が開かれた時の記憶だ。主催者である事務所長氏が萬斎氏に向かって狂言についてのウンチクを披露したのはまだ良いとしても「君も頑張りなさい」という結びで上から目線のスピーチを終えた時には何だか恥ずかしかった。他人事ならどうでもいい話だが、その数年前までその会社にお世話になっていたので気になったのだろう。

英国留学を終えて帰国してからの大活躍はよく知られているところだ。この人は留学中に真剣にシェークピア劇と向かい合ったらしい。本場英国のシェークスピア劇を各国語で表現することは多くの演出家が試みている。世界のニナガワ氏も日本的な解釈を日本語で上演して、いくつもの名作に仕上げ、それをロンドンで上演して大評判となった。萬斎氏がユニークなのは自身で演じたマクベスを英語で演出し、いくつかの海外公演の後で本場英国に持ち帰ろうとしている点だ。これについて英国の俳優が「外国流に翻案するならいざ知らず、もともとの英語劇を外国人演出家が英語で翻案するというのはハードルが高すぎないか?オリジナルを知り尽くしている英国の観客にとっては抵抗があるはずだ。」という趣旨のコメントをぶつけている。苦笑いの萬斎氏が答えていわく「リスクは大きいが、今の時代にシェークスピア自身が上演するとしたら、どういう風に表現したいだろうかに興味がある」と答えていた。

BSの番組では中島敦原作の「山月記」を演出した舞台も紹介されていた。新しい試みに取り組む姿勢が目立つ人だが、この秋には鎌倉宮の薪能の舞台で古典「昆布売り」の舞台を観る機会があった。本業の狂言の舞台が最高に面白かった。興味深い人だ。