英国がEUから離脱するか残留するかについての国民投票が6月23日に行われた。円とポンドの為替の動きが気になった。投票直前の世論調査がやや残留派有利ということで円ポンド相場は一時は160円に戻し、円ドル相場も連動した。それから数時間後に2008年のリーマンショックの時以来の急落となった。6月末の時点で138円をつけている。「金融センターとしてのロンドンと強い経済を維持するためには残留が必要」とする残留派も、「英国の主権をEUによって制限されたくない、移民問題やユーロ危機などで英国は独自路線をとりたい」とする離脱派も大先輩チャーチルを自分たちの味方だと考えていたようだ。
キャメロン首相は遊説先で「チャーチルは苦しい時にも欧州の結束を堅持した」と訴えた。離脱派のリーダー格である前ロンドン市長のボリス・ジョンソンは2014年に書いた「チャーチル・ファクター」という評伝の中で「EU懐疑派も親EU派のどちらもチャーチルを自分たちの側にいると考えている」、「チャーチルはNATOの例も米との同盟の例もあるとして、主権を制限されることについてはEU参加に限ったことではないと指摘した」、「チャーチルは欧州統合を当時のロシアなど対外的な脅威への防波堤として必要だと考えていた」と指摘していた。チャーチルが存命だったらどういう発言をすることになるのか本人に聞いてみたい。
開票が終わってみると、ロンドンなど都市部と地方の田舎部で分かれている「空気」について、中央の政治家たちはロンドン寄りの空気を読んでいたらしく、大波乱の結果となった。漁業者や国際化と関係のない仕事の人たちは経済的な理由での移民の急増やEUの無駄使いの話を聞いてEU離脱に傾くのは仕方がない。それにしてもEUの役割は多岐にわたるのでそれぞれの分野での影響を諮問委員会でまとめ、その調査結果を国会論戦にかけてから、国民投票で決めてもよさそうなものだ。こういうプロセスは抜きの大勝負となった。
新聞を読んでいて呆れたのは離脱に票を投じた人たちが「まさか勝つとは思わなかった」、「離脱の影響について、投票結果が出た後で初めて知った」などと発言したことだ。どうしてこんなことが起きるのだろうか? 昨年までロンドンに住んでいた時の週末の楽しみは自然豊かな公園散策と並んで朝のスタバか夕方のパブで新聞を読むことだった。質量共に豊かで週刊誌を読む以上に楽しい。仕事がらみや文化欄は堅い新聞で、世間話やゴシップは柔らかい新聞が充実している。「ザ・メール」という柔らかい方の新聞がある。EUから離脱という投票結果を受けて、この新聞が「離脱の影響」について特集したところ、「離脱」に投票した読者たちから「そんなこと聞いてなかった!」という投書が多数寄せられた。堅い方の新聞には両論併記してあったはずだが、読まれていなければ仕方がない。
もう一つびっくりしたのは、威勢のいい演説で聴衆をあおった離脱派の政治家たちが、勝利した途端に過激な公約を取り消そうとしたことだ。英国独立党のファラージ党首はEU離脱キャンペーンの目玉キャッチフレーズの一つだった「離脱すれば英国がEUに支払っている分担金をNHS(国民健保)に振り向ける」という公約について質問されると「そんな約束はしていない」と答え、引用した数字を訂正した。彼の投票前の発言は録画されていたので、失笑を買った。この人の場合はもともとそういうイメージなので「さもありなん」という感じだ。保守党内部でキャメロン首相に反対して、離脱運動を指揮したキャンペーン・マネージャーが「英国はEUを離脱しても移民労働者を受け入れるべきだ」とTVのインタビューに答えて反響を呼んだ。司会者は「投票前は反対のことを言っていたじゃないか」と抗議している様子が報道されている。
都市部のロンドンを中心に投票のルール変更とやり直しを請願する人が400万人を超えたそうだが、これでは無理もない。ヴァージン・グループを率いるリチャード・ブランソン氏のブログ記事を在英の友人がシェアしてくれた。離脱派が偽りの宣伝をしてきたことが明らかになったので再投票がなされるべきだという主張だ。その中にもう一つびっくりの指摘がなされている。「英独立党ファラージ党首が数か月前のインタビューで「残留派が僅差で勝った場合には再度の投票が必要だ。残留派は3分の2以上の差をつけて勝つ必要がある」と発言していた。離脱派のこの主張は今こそ、その逆のシナリオではあるが実行されるべきだ」。
英紙ガーディアンに面白い記事があった。古代ギリシャが都市国家だった時代に、アレキサンダー大王以来の軍事的天才と言われたピュロス(Pyrrhus)という王様がいた。新興のローマに攻め入り勝利したが、味方陣営も多大な犠牲を払った。それ以来、味方の被害も甚大な苦しい勝利のことを「ピュロスのような勝利」と呼ぶそうだ。同紙は国民投票の結果についての論説にこの表現を使い「ボリス前ロンドン市長はもちろん知ってるだろうけど」と皮肉っている。
英人の同僚たちとパブでビールを飲んだ時のことも思い出した。気風の良い人から始まって一人が全員の分を払うのが大人の作法だ。結果として皆で延々と全員におごり合うことになり、パブのお付き合いは長時間にわたる。この時にいつも払わないフリーライダーは「ずるい」やつなので自然に仲間から外される。相対的に景気の良かった英国はEUというパブに入って「みんなで一緒にやろうぜ」という時に、飲み代の分担の話を持ち出したことはこれまではなかった。2010年頃からユーロ危機が顕在化し、昨年あたりから議論されている難民問題が実はEU拡大の頃からすでに存在していた経済移民の問題と不可分であることに気がついた頃から、「英国の割り勘負け」状態を懸念する人々の数が急増したのだろう。もともと格差の大きい英国社会の内部でも「強くて景気の良い英国」を実感できない人たちが増えたことが、今回の投票結果の背景にある。
キャメロン首相は遊説先で「チャーチルは苦しい時にも欧州の結束を堅持した」と訴えた。離脱派のリーダー格である前ロンドン市長のボリス・ジョンソンは2014年に書いた「チャーチル・ファクター」という評伝の中で「EU懐疑派も親EU派のどちらもチャーチルを自分たちの側にいると考えている」、「チャーチルはNATOの例も米との同盟の例もあるとして、主権を制限されることについてはEU参加に限ったことではないと指摘した」、「チャーチルは欧州統合を当時のロシアなど対外的な脅威への防波堤として必要だと考えていた」と指摘していた。チャーチルが存命だったらどういう発言をすることになるのか本人に聞いてみたい。
開票が終わってみると、ロンドンなど都市部と地方の田舎部で分かれている「空気」について、中央の政治家たちはロンドン寄りの空気を読んでいたらしく、大波乱の結果となった。漁業者や国際化と関係のない仕事の人たちは経済的な理由での移民の急増やEUの無駄使いの話を聞いてEU離脱に傾くのは仕方がない。それにしてもEUの役割は多岐にわたるのでそれぞれの分野での影響を諮問委員会でまとめ、その調査結果を国会論戦にかけてから、国民投票で決めてもよさそうなものだ。こういうプロセスは抜きの大勝負となった。
新聞を読んでいて呆れたのは離脱に票を投じた人たちが「まさか勝つとは思わなかった」、「離脱の影響について、投票結果が出た後で初めて知った」などと発言したことだ。どうしてこんなことが起きるのだろうか? 昨年までロンドンに住んでいた時の週末の楽しみは自然豊かな公園散策と並んで朝のスタバか夕方のパブで新聞を読むことだった。質量共に豊かで週刊誌を読む以上に楽しい。仕事がらみや文化欄は堅い新聞で、世間話やゴシップは柔らかい新聞が充実している。「ザ・メール」という柔らかい方の新聞がある。EUから離脱という投票結果を受けて、この新聞が「離脱の影響」について特集したところ、「離脱」に投票した読者たちから「そんなこと聞いてなかった!」という投書が多数寄せられた。堅い方の新聞には両論併記してあったはずだが、読まれていなければ仕方がない。
もう一つびっくりしたのは、威勢のいい演説で聴衆をあおった離脱派の政治家たちが、勝利した途端に過激な公約を取り消そうとしたことだ。英国独立党のファラージ党首はEU離脱キャンペーンの目玉キャッチフレーズの一つだった「離脱すれば英国がEUに支払っている分担金をNHS(国民健保)に振り向ける」という公約について質問されると「そんな約束はしていない」と答え、引用した数字を訂正した。彼の投票前の発言は録画されていたので、失笑を買った。この人の場合はもともとそういうイメージなので「さもありなん」という感じだ。保守党内部でキャメロン首相に反対して、離脱運動を指揮したキャンペーン・マネージャーが「英国はEUを離脱しても移民労働者を受け入れるべきだ」とTVのインタビューに答えて反響を呼んだ。司会者は「投票前は反対のことを言っていたじゃないか」と抗議している様子が報道されている。
都市部のロンドンを中心に投票のルール変更とやり直しを請願する人が400万人を超えたそうだが、これでは無理もない。ヴァージン・グループを率いるリチャード・ブランソン氏のブログ記事を在英の友人がシェアしてくれた。離脱派が偽りの宣伝をしてきたことが明らかになったので再投票がなされるべきだという主張だ。その中にもう一つびっくりの指摘がなされている。「英独立党ファラージ党首が数か月前のインタビューで「残留派が僅差で勝った場合には再度の投票が必要だ。残留派は3分の2以上の差をつけて勝つ必要がある」と発言していた。離脱派のこの主張は今こそ、その逆のシナリオではあるが実行されるべきだ」。
英紙ガーディアンに面白い記事があった。古代ギリシャが都市国家だった時代に、アレキサンダー大王以来の軍事的天才と言われたピュロス(Pyrrhus)という王様がいた。新興のローマに攻め入り勝利したが、味方陣営も多大な犠牲を払った。それ以来、味方の被害も甚大な苦しい勝利のことを「ピュロスのような勝利」と呼ぶそうだ。同紙は国民投票の結果についての論説にこの表現を使い「ボリス前ロンドン市長はもちろん知ってるだろうけど」と皮肉っている。
英人の同僚たちとパブでビールを飲んだ時のことも思い出した。気風の良い人から始まって一人が全員の分を払うのが大人の作法だ。結果として皆で延々と全員におごり合うことになり、パブのお付き合いは長時間にわたる。この時にいつも払わないフリーライダーは「ずるい」やつなので自然に仲間から外される。相対的に景気の良かった英国はEUというパブに入って「みんなで一緒にやろうぜ」という時に、飲み代の分担の話を持ち出したことはこれまではなかった。2010年頃からユーロ危機が顕在化し、昨年あたりから議論されている難民問題が実はEU拡大の頃からすでに存在していた経済移民の問題と不可分であることに気がついた頃から、「英国の割り勘負け」状態を懸念する人々の数が急増したのだろう。もともと格差の大きい英国社会の内部でも「強くて景気の良い英国」を実感できない人たちが増えたことが、今回の投票結果の背景にある。
とてもわかりやすく、私にも理解できました。
返信削除これからも、中沢さんにしか書けない、今回のようなブログを楽しみにしています。さて今後はどうなるのでしょうか?
コメントをありがとうございます。これからもフォローを続ける予定です。
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